コブシ
コブシは日本特産で、モクレン科モクレン属の落葉高木。莟(つぼみ)の形が握りこぶしに似ているのでこの名があるという。面白いことに、コブシの莟の先端は北の方角を指し示す(コンパスプラント)。春(3~4月)、芳香のある白い花を開く。雄しべ、雌しべともたくさんあり、全てらせん状になっている。花のつき方がらせん状である植物は起原の古い植物で、花を訪れるのも原始的な昆虫(甲虫)という。弥生時代の住居跡(約2000年前)から発掘された種子が発芽したという例も報告されていて、なにか神秘的な植物である。
賢治の宗教色の強い作品に『マグノリアの木』というものがある。マグノリア ( Magnolia ) という言葉自体は学術的にはモクレン属の木の総称を指す言葉であって種を示すことばではない。よって、マグノリアの木とはモクレン属のホオノキ、コブシ、タムシバ等のどれかかである。賢治は『マグノリアの木』の中で、マグノリアの花を真っ白い鳩(はと)に喩えている。
それは1人の子供がさっきよりずうっと細い声でマグノリアの木の梢を見上げながら歌いだしたからです。
「サンタ、マグノリア、
枝にいっぱいひかるはなんぞ。」
向こう側の子が答えました。
「天に飛びたつ銀の鳩。」
こちらの子がまたうたいました。
「セント、マグノリア、
枝にいっぱいにひかるはなんぞ。」
「天からおりた天の鳩。」
-中略―
あの花びらは天の山羊の乳よりしめやかです。あのかおりは覚者たちの尊い偈(げ)を人に送ります。
モクレン属の中で花が一見して鳩に見えるのは、その花の色、大きさ、姿からしてコブシである。コブシの花弁は白色で6個、3個の萼には銀色の軟毛が密生している。そして、花は香りを放ちながら上向きに空へ向かって開く。コブシのつぼみは南側からふくらみ始めるのでつぼみの先端はほとんどが北の方向を向く。北の天空には北極星(Polaris)があり、また賢治の理想郷でもある「ポラーノの広場」や「イーハトーブ」がある。賢治はコブシの木(学術名:Magnolia
kobus )を指してマグノリアの木と言っているのだと思われる。
サルビア
以前はサルビアと言えばまっ赤なスプレンデンス種を指したが、現在では非常に多くの種や品種が出回っている。写真はシソ科グアラニチカ種の多年草。この青いサルビアの花からホバーリングスタイルで蜜を吸っているのはチョウ目スズメガ科のホシホウジャクである。一見して蜂に見えるがガの仲間である。
オカトラノオ
梅雨の間の晴れ間に、近くの公園を散策していたら林の縁にオカトラノオ(サクラソウ科)を見つけた。茎の上部に白い小さな花が長い穂になってつく。この花穂が垂れ下がって虎の尾のようになるのでこの名がついた。図鑑で調べたら、植物名に「トラノオ」が付くものが他にもヌマトラノオ(サクラソウ科)、ハルトラノオ(タデ科)、イブキトラノオ(タデ科)があった。しかし、これらの「トラノオ」は花穂が短かったり、直立したりで虎の尾には見えない。
レンゲソウ
中国原産のマメ科の2年草。ゲンゲともいう。田起こし前の水田で今でも稀に見かける。根に根粒菌が住みつき、空気中の窒素を直接利用して窒素肥料を生産することから、緑肥として使われていた。化学肥料が普及する前は、4~6月に一面に紅紫色の花が咲き乱れる田園風景が全国で見られた。中国ではこの光景が紫の雲がたなびいているように見えるということで「紫雲英(しうんえい)」と呼んだ。
ネギ
中央アジア原産(ユリ科)。花期は5~6月で、頭頂部に白い小花の密集した球形の花穂(ネギ坊主)をつける。賢治の短編「秋田街道」に、「大きな床屋のだんだら棒、あのオランダ伝来の葱の蕾の形をした店飾り」とある。ネギ独特の臭気と味は揮発性の二硫化アリールによるもの。白根には痰を切り、発汗、利尿の作用がある。風邪をひいたら熱いネギの味噌汁を飲んで寝るとよい。
オキナグサ
キンポウゲ科の多年草。園芸店などで見ることができる。葉は線状に切れ込んでいる。花期は4~5月。花に花弁はなく、暗赤紫色の萼片が花弁のように見える。花のあと、花茎は高さ30センチほどに伸びて、長卵形の小さな果実をつける。この種子には風に乗って散りやすいように長い糸の花柱がつき、これが群がり出た白毛はちょうど老人の白髪あるいはひげのように見える(写真1)。植物の名前をつけるとき、西洋では花の咲き方をまず考えるが、我が国では果実の形を重視する傾向がある(センニンソウ;写真2)。オキナグサはまさにその例であろう。うずのしゅげ、うずのひげなど多くの地方名をもつ。賢治の童話「おきなぐさ」には、「うずのしゅげといふときはあの毛茛科(きんぽうげくわ)のおきなぐさの黒繻子(くろじゅす)の花びら、青じろいやはり銀びろうどの刻みのある葉、それから六月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうかびます」とある。